東京高等裁判所 昭和38年(う)1777号 判決
被告人 勝亦愛和
〔抄 録〕
控訴趣意第一点について。
原判決が、被告人は、昭和三十七年十月二日午前零時半頃静岡県沼津市上香貫三園町七百五十二番地先道路を、公安委員会が定めた最高速度である毎時四十粁をこえる毎時約六十ないし七十粁の高速で、大型貨物自動車静一あ四三九三号を運転して進行した旨の道路交通法第六十八条、第二十二条第二項、第九条第二項、第百十八条第一項第三号、同法施行令第七条に該当する訴因に対し、同所が公安委員会において最高速度を定めた道路であるか否か、その最高速度が毎時四十粁であるか否か、その速度制限は道路標識を設置して行われているか否か、被告人は公安委員会が定めた最高速度をこえて右自動車を運転したか否かの諸点について何らの判断をも示さず且つ訴因及び罰条の変更手続を経ないで、被告人は、右日時頃右道路を、法令で定めた最高速度である毎時五十粁をこえる毎時約六十ないし七十粁の高速で、右自動車を運転して進行した旨の事実を認定し、右事実につき道路交通法第六十八条、第二十二条第一項、第百十八条第一項第三号、同法施行令第十一条を適用して、被告人を処断していることは、記録及び原判決に徴して認められるところである。
しかし、道路交通法は、その第六十八条において、車両等の運転者は、法令で定める最高速度(いわゆる法定速度)又は同法第二十二条第二項若しくは第二十三条の規定に基づき公安委員会が定める最高速度(いわゆる指定速度)をこえる速度で車両等を運転してはならない旨を規定し、第百十八条第一項第三号において、右最高速度の遵守規定に違反した者は、その違反した最高速度がいわゆる法定速度であると将た又指定速度であるとを問わず、ひとしく同一の刑罰に処せられるべき旨を規定しているのである。
しかも、本件において、訴因として明示された事実と原判決が認定した事実とは、ひとしく被告人が昭和三十七年十月二日午前零時半頃静岡県沼津市上香貫三園町七百五十二番地先道路を毎時約六十ないし七十粁の高速で、大型貨物自動車静一あ四三九三号を運転して進行したという事実であつて、違反した最高速度が毎時四十粁の指定速度であるか将た又毎時五十粁の法定速度であるかの点を除いては、運転の日時、場所、運転した自動車、運転時の速度において全く一致し、具体的に同一事実であると認められ、本件起訴状は、被告人が前記日時頃前記道路を、前記の如く毎時約六十ないし七十粁の高速で、前記自動車を運転して進行したという事実を公訴事実として記載したものと解せられるから、原判決が、毎時四十粁の指定速度違反の訴因に対し、所論指摘の諸点について何らの判断をも示さずに、毎時五十粁の法定速度違反の事実を認定したからといつて、所論の如く、審判の請求を受けた事件について判決をせず、また審判の請求を受けない事件について判決をした違法があるとなすのは当らない。
しかして、前記の如く、本件公訴事実は、被告人が前記日時頃前記道路を、毎時約六十ないし七十粁の高速で、前記自動車を運転して進行したという事実であるから、毎時四十粁の指定速度違反という訴因に従えば、被告人の最高速度超過分は毎時約二十ないし三十粁であるところ、毎時五十粁の法定速度違反という原判決の認定事実に従えば、被告人の最高速度超過分は毎時約十ないし二十粁となり、最高速度違反罪の犯情としては被告人のため却つて有利に帰することとなるべく、かような場合においては、指定速度違反の訴因に対し、訴因及び罰条の変更手続を経ないで、法定速度違反の事実を認定しても、それによつて被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞れはないと認められるから、訴因及び罰条の変更手続を経ることを必要としないものと解する。
そして、いやしくも公訴事実の同一性を害せず且つ訴因及び罰条の変更手続を経るをこと必要としない場合において、裁判所が訴因として明示された事実を認定しないで、訴因と異なる事実を認定するに当つては、必ずしも一々その理由を示さなければならない訳のものでもないから、原判決には、所論の如き理由不備等の違法はなく、また訴訟手続に法令の違反もない。
論旨は理由がない。
同第三点について。
原判決が認定した業務上過失傷害罪は、被告人が大型貨物自動車静一あ四三九三号を運転中に惹起されたものであるところ、被告人は、普通自動車についての第一種普通免許を有し、平素は、普通自動車の運転に従事し、右大型貨物自動車及びこれに類似する大型貨物自動車は曽て一回たりともこれを運転したことがないことは正に所論のとおり、これを認めるに足りるが、いやしくも一般に自動車運転の業務に従事する者が、自動車の運転中に自動車によつて死傷事故を惹起したときは、たまたまその事故を惹起した当該自動車が平素自己の使用する自動車と異なり或は当該自動車に対応する運転免許を有しないからといつて、当該自動車の運転中に惹起した死傷事故について、刑法第二百十一条前段にいわゆる「業務」性がないとはいえないと解するのを相当とすべく、原判決には、所論の如き事実誤認及び法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。
(坂間 栗田 有路)